ふと引用したくなったので、書いてみました。
いつもの隆慶一郎の吉原御免状から幻斎老人の台詞です。
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「情が深いってのうのはな、おい、手前(てめえ)の感じていることを、とことんまで
味わい尽くすってことなんだよ。嬉しけりゃ、他人がうれしくなるくれえ喜ぶ。悲しけ
りゃ、はたも泣きたくなるほど嘆く。辛いとなった日にゃ、どん底まで落ちて呻くんだ。
そこまで正直になれる男ぁ、千人に一人、万人に一人もいやしねえよっ。大抵は
いい加減なところで折り合いをつけて、手前の気持を手前で誤魔化しちまうんだ。
誠さんはそんなみみっちい真似はしねえんだよっ」
しまいには、幻斎自身が泣いているような、そのくせ吼えるような大声になって
いた。なんと、その眼からは、果てしもなく涙が流れている。
一座はしいんとなった。
「泣きゃぁいいんだ、泣きゃぁ。一度、思い切り泣きゃぁ、ちっとは楽になるんだ。
けど、いけねえ。あのお人にゃぁ、そいつが出来ねえんだ。辛いよなぁ。たまんね
えよなぁ。替れるものなら、替ってやりてえよっ」
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